Enitokwa - 2069 (CD)
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Enitokwa - 2069 (CD)

2,200 JPY

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1994年 Japanese Techno - Ambient 黎明期から異端で在り続けるEnitokwa、ソロ名義では15年ぶり5枚目となるフルアルバムがついに完成。 Techno-Ambient-Houseを通り過ぎ逝きついたDrone、Experimentalサウンド。その根底にはHard CoreとAnimismが静かに佇む。5組7人の盟友と共に。 Hiroshi Watanabe aka Kaito Yoshitake EXPE SYNTH SISTERS Yuuji Hiromoto Mental Youth (from Rotterdam) Sample link: https://soundcloud.com/enitokwa/sets/2069-nercd001-feb82016-out 様々な音楽体験を経て辿り着いたドローン音楽はもはやエレクトロニクスを駆使した21世紀の現代音楽。 録音芸術を拡張する快怪作。 -Kaoru Inoue 邪念と煩悩をすべて払い落とした後のようなピュアな響き。 耽美さの奥に時折のぞく、啓示的なトーンが、どうにも滋味深い。 -ミュージックマガジンライター 寺下光彦 尾道という瀬戸内海に面した小さな街がある。海と山が添い寝をしてるような街だ。山の頂で寝っ転がってKalmを聞きはじめる。眼窩の海と島を行き交う車が良いBGV(back ground view)になる。Anankeのドローンと共にゆっくり起き上がると、デヴィッド・リンチのようなじれったいカメラの移動が始まる。木々が不穏に揺れる。山手の路地はヴァラナシの路地へ変容する。口琴はサドゥーの声。猫がこちらを凝視している。宿がどこかわからなくなってしまったが、このままずっと彷徨っていたい気持ちもある。なんとかたどり着いたら朝。ベッドの中で、階下で料理をしている女たちの理解できない言葉を聞くともなしに聞いている。食器の触れあう音がいつのまにかタブラに変わっている。ああ、このまま俺は知らない異国の街で行方不明になるのもいいなあ。頭とカラダがしびれている。ふと、優しいギターの音色がそっと引き戻してくれる。Enitokwaは、ちゃんと家に帰り着くように道を用意してくれていた。 -トウヤマタケオ この作品は、もはや、大気と音の波による音の処方箋であり、自由な感覚と想像力で聴いて感じるイマジナリーな音のサイケデリック・メディテーションそのものであり、未来永劫へと続いていくEnitokwaこと長谷川さんの魂そのものでもあるように感じました。至上のソウル・ソニック・フォースをありがとうございます。15年ぶりのソロアルバムの発売おめでとうございます。心待ちしておりました。 -COMPUMA 聴きながらふと庭を見ると目につくのはとある石々。発緑する石がごろごろしてる。発光する意思たちによる発酵すんぜんの、原石から発緑する瞬間のドキュメント。 -Shhhhh 岩石は骨、土は筋肉、水は血。一番やらかいもんが、一番硬いもんを打ち砕くように、形と形の間を流れて、ありとあらゆるものを洗うように。 -威力 光や自然現象とおなじく音の世界にもほんとうには嘘がない。嘘や虚栄の届かないところに、真摯に向き合われたリアリティを持つ音が生まれている。そういう音が響くと、そうでない音が聴こえなくなる。そういう音で満たされると、この世界の精神はもっと進化するような気がします。 -Ako Miki (mirrorball maker/DJ) 始まりから終わりまでタイトル名(2069)とゆう名のENITOKWA監督のSci-Fi映画を見ているかの様な、凄まじく素晴らしい音魂群絵巻! NEW AGE? NU AGE?? NO! THIS IS NEO AGE!すでに現場でガンガン使わしていただいてます!買い逃し厳禁!MUST BUY! -Gr◯un土 僕のエレクトロミュージックシーンの中でもしかしたら最も長い大切な友人であるEnitokwa、彼と出会ったのはボストンに留学中なので、ザッと考えてももう既に24年以上は経っている。そして彼がまさに今準備し終えたこのアルバムは本当にある時空と空間を超越するかの如く魂を揺さぶられる。それは全ての曲がEnitokwaとしての今を語ってる様に思える。長きに渡り真正面から自分自身へと向き合える作り手はそうは居ない。彼はそんな稀少な存在の一人であると思ってる。僕達は1993か94年だったと思うが、ボストンのあるクラブを貸し切ってイベントをやった事がある。その時も今と変わらずマックを持ち込み、作り上げたシーケンスをMIDIとCV/GATEを使い沢山のアナログ機材に囲まれた状態でライブをした事があったが、もしかすると彼とのコラボレーションはまさしくあの時まで遡るのだと思う。いつかその音源や映像もまた皆さんに公開出来る事もあるかも知れません。 さて、今回僕はそんな彼のアルバムへYoshitake君と共に一曲とても素敵な作品に参加しました。出来上がった事をとても光栄に思ってます! 僕は最大限に彼の今表現しようと試みている時空と空間にスッと溶け込む事だけを心掛け言わばそれは自動手記の如く流れる様に音が見え、そういう事だったかと納得出来るそれはとても不思議であり、また必然を感じざるをえない作業でした。勿論その曲は最高の出来上がり! これ以上細かい事は書かない方が良いけど、ある曲は聴いていて自然と涙が出て来た。涙は魂が揺さぶられた時しか基本的に出てこない、このアルバムはそういうアルバムなんです。 -Hiroshi Watanabe aka Kaito Ladoo/Laddu【ラドゥー】という名前のセモリナ粉でつくった生地を油で揚げたちょっとパワフルなお菓子がある。 中世インドのチョーラ朝が栄えた時代、派兵や探検といった命にかかわる出来事に際して、無事を祈る意味で、その菓子を持たされて人びとが出かけたという。 この菓子は、現代でも例えば、インド亜大陸料理のお店でもひょっこり食べることができるチャンスに恵まれることが有るかもしれないが、少しばかりお節介気味の甘味と濃厚な油脂の旨味が、浅草・浅草寺そばの仲見世に在る「九重の揚げまんぢゅう」や、大坂で云うと、文楽劇場の在る通り沿いに在る「玉製家のおはぎ~特にきな粉の御萩~」とか、四天王さん門前の「釣鐘屋の釣鐘まんじゅう」といった銘菓のような味わいをしていたりするから、おもしろい。 その味覚は、あ~旨いッ!…できることなら、もっとたくさん食べていたいもんだナァ…と、あとを引く味なのだけど、どっこぃ、それぐらいにして、控えとこうか…というような味わいなのだ。 このときに生じる「抑制」は、美容室や理髪店で髪を整えたばかりのときに誰か仲の良い人に逢いたくなるような気持ちだとか、幼い頃に親に連れられて出かけた時の淡い想い出が立ち現れては、現在時間に戻されるような、儚げだが、たつぷりと愛おしく、優しい時間に満ちている。 時間は、一方向にだけ伸びていくわけではなく、多方向に、それも異なる時間軸を併存させ、姿と形を変幻させながら絶え間なく円環していて、ちょうど、南洋の環礁がそうであるように、重力を伴うと、旧い木造家屋や茶の席にうってつけの庵の様に行き来に適度な敷居や距離をつくる。 このような時間と空間の複層的なタイムラインの「圏外」とでも云えるような領域を、縫い物の裏地のように返してみよう。 そこは、実際には日本から2300マイル離れたマーシャル諸島に在るEniwetok環礁で、1944年1月、日本軍と米軍とのあいだで「エニウェトクの戦い」が交わされた激戦地であり、のちの1950年代には核実験が行われた場所である。 その場所は、地球に背中があると仮定すると、掻きたい手が届かず痒くて痒くてどうにもならない…とでもいうような「パワースポット」だとも思う。 2000年以降、多くのパワースポットは半ば観光地化され、本来はヒトの出入りを拒むような人智の及ばぬ過酷な自然の形相をあらわにしながら活動していたのだろうと想像するが、そのような意味では、皮肉にも望まれぬ経緯でパワースポット化してしまった場所のように思えてならない。 さて、エニトクワという名前の語感とともに彼の『2069』を感じ乍ら、背筋を伸ばして居ると、どうしても何かやむを得ぬ事情で変容を迫られてきた人間の営みの限界域を翻訳しながら更新しようとする、頑なだが果てしなく、しなやかな意志を感じる。 その意志は、私たちの一定でないココロが「襖」や「屏風」のようなものだとすると、長い年月を経て朽ちかけた襖絵の修復を生業とする表具師のように素晴らしく簡潔で、奥が深い。 -うっど漫まん